2009-08

徒歩日本縦断旅 「オリンピックに思う 」

82日目 8月28日(土) 福知山市滞在 トータル1646キロ

アテネオリンピックが終盤を迎えている。
日本人選手の活躍が光り、84年ロス大会以来のメダル獲得総数も35枚を越えた。獲得ランキングも堂々の5位である。

4年に1度のオリンピックが、僕の一つの人生の節目を作っている。
日常生活の中において、節目、節目で成長の変化や成果を確認できれば、生活に張りが生まれる。
「ああ、オリンピックの年だな。この4年間、いろいろあったな。次は北京だな」という具合に、振り返りと希望を持つことは大切なことである。

92年、バルセロナ大会。
僕は、大学を目指す高校三年生18歳。
進学校だったものの、偏差値は35。定期試験は、294人中294番の成績を2回獲得。大学進学は絶望しながら、アメリカバスケットボールのドリームチームのタタカイぶりに奮起していた。

96年、アトランタ大会。
就職を目指す大学4回生22歳。
これといってやりたいことがあるようで、ないようで、まあ、なんとかなるだろうと人生をなめていた。就職先は、教員か、円応教職員か、協力隊参加か、などと、柔道の野村忠宏選手の金メダルをみてぼんやり考えていた。

00年。シドニー大会。
社会人4年目の26歳。
今の生活でいいのか、と真剣に悩んでいた。このままいれば生活の安定は保障される。右に行こうか、左に行こうか、なにもしないまま時間だけが流れていた。マラソンのQちゃんこと高橋尚子選手のサングラス投げ捨てラストスパートで、やりたいことをやろうと、辞職を決意した。

そして、04年。アテネ大会。
自由気ままな30歳。
シドニーからアテネまでの4年間は、とても刺激に満ちた日々だった。そして、今も毎日が冒険だ。
2001.4〜2002.7 自転車日本一周旅
2002.9〜2004.3 中学校臨時教諭
2004.4〜 協力隊訓練参加。しかし病気のため辞退。
2004.6〜 徒歩日本縦断&50周年呼びかけ

こう20代を振り返ると、迷いと試しと挫折の時期ともいえる。
20代は人生のクロスロードだ。
目の前の交差点を直進しても、右折も左折もありだ。当然、立ち止まって進む道を考えてもいい。

一度きりの人生だ。
この一瞬に燃えよう。
完全燃焼しきる五輪選手のパフォーマンスを見て改めて感じた。

テーマ:旅日記 - ジャンル:旅行

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