徒歩日本縦断旅 「晴れのち出会い、ときどき接待 」
125日目 10月10日 日和佐町〜宍喰町 37キロ トータル2341キロ



台風一過の素晴らしい青空が広がる。
昇る朝日と共に、6時に行動開始。
国道55号線を室戸岬方面に進む。
道中は、23番・薬王寺と24番・最御崎寺を結ぶ遍路道であるため、遍路さんのための休憩所がたくさん設けられていた。
トンネルも歩行者のため柵付きの歩道が整備され、センサーに反応した照明が足元を照らしてくれる。
牟岐(むぎ)町の警察署横には、お遍路さん接待所というものがあった。
小休憩をさせてもらう。
おばさん二人が、コーヒーでもてなしてくれる。
聞くと、この町には、お遍路さんのためのボランティア組織があって、当番制で町の人がお世話しているとのことだった。
コーヒーと冷たい水、飴玉をいただいた。
前方を歩くお遍路さんに追いつく。
50代ほどのおじさんだった。
連休を利用して、室戸岬の24番・最御崎寺まで歩くのだ、という。
お互いのペースがあるので、ちょっとだけ一緒に歩く。
海部町に入ると、また遍路接待所があった。
もうずいぶん年配のおばあさんが、通り行くお遍路さんに接待をされているのだという。
ここでも、冷たいお茶と飴玉をいただいた。
四国には、このような接待場所が数多く存在する。
お遍路さん1400年の長い歴史に育まれた四国独自の文化である。
道の駅「宍喰(ししくい)」に併設の温泉で一日の疲れを流す。
日焼けしたサーファーが多かった。
この近海は波が荒く、絶好の波乗り場であり、毎年世界大会が開催されるサーファーの聖地であるらしい。
この道の駅から少し行くと、遍路小屋があるという情報を、善根宿「はしもと」にて仕入れていた。
夕日が沈むのを待って行ってみる。
二人の先客がいた。
見るからにみすぼらしい格好をした人だった。
こじきであった。お遍路さんではない、ただのホームレスが焼きいもをモグモグ食べていた。
ホームレスたちも自分らのことを、こじきだと言っていた。
しばらくして、泊まるつもりの歩き遍路がやってきた。
この歩き遍路の青年とちょっとやばいぞと、お互い目で合図を送って、ここを後にした。
少し引き戻して、水辺の公園でキャンプすることにした。
寝場所を確保してこの青年と食事に行く。
この青年は「ベーさん」という大阪の人だった。
名は南(みなみ)というが、旅人ネームがべーさんである。
いきさつは複雑になるのでここでは説明しない。
ベーさんは、北海道を中心とした旅人ライダーである。
今年も道北の礼文島の桃岩荘に行って来たとのコト。
この桃岩荘は日本3大バカ・ユースの一つとして旅人から恐れられているユース・ホステルである。
ベーさんは、もう何年も桃岩荘に通っている常連であるらしい。
多い年だと1ヶ月ほど滞在することもあるそうだ。
北海道を中心に旅の話をした後、
「なぜ、歩いているのですか」
と僕はちょっと真剣に尋ねてみた。
少し考えて、ベーさんは
「不動産鑑定士の資格取得のため、もう何年もトライし続けているんだけど、毎年だめでね、ちょっと気分転換もしたかったし、自分を見つめなおす機会もほしかったしね」
とちょっと本気の顔でそのようなことを言った。
そして、本の影響も大きいと続けていった。
堅い話はもうどこかにやって、歩き同士どんどん焼肉を食べることにした。
豪勢だと思われるが、こういう出会いのときだけだ。
いつもはコンビ二弁当で済ましている。昨日なんかカップラーメン一つだった。
ちなみにその前日は菓子パン一つだった。
来年、礼文島に一緒に行こうと約束する。
ベーさんは桃岩荘を僕に紹介し、僕は民宿「元地荘」をベーさんに案内することになった。
以前アルバイトをしたことのある元地荘は、桃岩荘から徒歩数十分の距離である。
元地荘については、かなり詳しく過去に日記に書いている。
興味のある人は一読ください。
本日はたくさんの人と話しをした。
簡単なあいさつを含むと20名ほどの人とかかわったことになる。



台風一過の素晴らしい青空が広がる。
昇る朝日と共に、6時に行動開始。
国道55号線を室戸岬方面に進む。
道中は、23番・薬王寺と24番・最御崎寺を結ぶ遍路道であるため、遍路さんのための休憩所がたくさん設けられていた。
トンネルも歩行者のため柵付きの歩道が整備され、センサーに反応した照明が足元を照らしてくれる。
牟岐(むぎ)町の警察署横には、お遍路さん接待所というものがあった。
小休憩をさせてもらう。
おばさん二人が、コーヒーでもてなしてくれる。
聞くと、この町には、お遍路さんのためのボランティア組織があって、当番制で町の人がお世話しているとのことだった。
コーヒーと冷たい水、飴玉をいただいた。
前方を歩くお遍路さんに追いつく。
50代ほどのおじさんだった。
連休を利用して、室戸岬の24番・最御崎寺まで歩くのだ、という。
お互いのペースがあるので、ちょっとだけ一緒に歩く。
海部町に入ると、また遍路接待所があった。
もうずいぶん年配のおばあさんが、通り行くお遍路さんに接待をされているのだという。
ここでも、冷たいお茶と飴玉をいただいた。
四国には、このような接待場所が数多く存在する。
お遍路さん1400年の長い歴史に育まれた四国独自の文化である。
道の駅「宍喰(ししくい)」に併設の温泉で一日の疲れを流す。
日焼けしたサーファーが多かった。
この近海は波が荒く、絶好の波乗り場であり、毎年世界大会が開催されるサーファーの聖地であるらしい。
この道の駅から少し行くと、遍路小屋があるという情報を、善根宿「はしもと」にて仕入れていた。
夕日が沈むのを待って行ってみる。
二人の先客がいた。
見るからにみすぼらしい格好をした人だった。
こじきであった。お遍路さんではない、ただのホームレスが焼きいもをモグモグ食べていた。
ホームレスたちも自分らのことを、こじきだと言っていた。
しばらくして、泊まるつもりの歩き遍路がやってきた。
この歩き遍路の青年とちょっとやばいぞと、お互い目で合図を送って、ここを後にした。
少し引き戻して、水辺の公園でキャンプすることにした。
寝場所を確保してこの青年と食事に行く。
この青年は「ベーさん」という大阪の人だった。
名は南(みなみ)というが、旅人ネームがべーさんである。
いきさつは複雑になるのでここでは説明しない。
ベーさんは、北海道を中心とした旅人ライダーである。
今年も道北の礼文島の桃岩荘に行って来たとのコト。
この桃岩荘は日本3大バカ・ユースの一つとして旅人から恐れられているユース・ホステルである。
ベーさんは、もう何年も桃岩荘に通っている常連であるらしい。
多い年だと1ヶ月ほど滞在することもあるそうだ。
北海道を中心に旅の話をした後、
「なぜ、歩いているのですか」
と僕はちょっと真剣に尋ねてみた。
少し考えて、ベーさんは
「不動産鑑定士の資格取得のため、もう何年もトライし続けているんだけど、毎年だめでね、ちょっと気分転換もしたかったし、自分を見つめなおす機会もほしかったしね」
とちょっと本気の顔でそのようなことを言った。
そして、本の影響も大きいと続けていった。
堅い話はもうどこかにやって、歩き同士どんどん焼肉を食べることにした。
豪勢だと思われるが、こういう出会いのときだけだ。
いつもはコンビ二弁当で済ましている。昨日なんかカップラーメン一つだった。
ちなみにその前日は菓子パン一つだった。
来年、礼文島に一緒に行こうと約束する。
ベーさんは桃岩荘を僕に紹介し、僕は民宿「元地荘」をベーさんに案内することになった。
以前アルバイトをしたことのある元地荘は、桃岩荘から徒歩数十分の距離である。
元地荘については、かなり詳しく過去に日記に書いている。
興味のある人は一読ください。
本日はたくさんの人と話しをした。
簡単なあいさつを含むと20名ほどの人とかかわったことになる。
